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2011年9月7日水曜日

疾病利得

ここのところ、ホームページのリニューアルで、いろいろと書いているのですが、
ご意見など頂ければともおもいつつ、その断片をここに書いていこうと思います。

実は、2年前からリニューアルしようと思っていて、考えていて、エビデンスは別。
先月、出版のお話をいただいたことから、それと一緒に、書き始めたという次第。


今回は、「疾病利得」

疾病利得は医療モデルだと嫌われることが多いのですが、疾病利得を嫌ったり、なんだか意地悪く捉えるのは間違いです。疾病の目的や目標が一次的疾病利得、疾病になった結果、なんだか得た利得を二次的疾病利得と言っていますが、社会性や健康的な不利益と引き換えにしているわけで、とても切実なわけです。


「具合まで悪くしたわけだから、何か少しは良いこともなければつまんないよね。」くらいの感じで、疾病利得を実生活でできそうなことにしていくのがサポートだと思います。


そうすると、自分の具合とか社会性の不利益を引き換えにすることがなくなるわけです。


心身症とか皮膚疾患など、二次的疾病利得は、ご本人よりはサポートする人が考えて提案すると良いことが多い。免疫関連とか、ストレスが下がって、生活に楽しさや楽しみが増えていくようにしていけると良いです。

2011年7月20日水曜日

講座 追補 面接の留意点と上達 5

追補ではないのですが、MLで頂いたご質問に関連して、当日のテキスト部分を以下に、



面接には以下3つの側面があります。ケースに応じて、いずれか一つが主となりますが、熟練した面接では、できるだけ3つの側面が満たされるように工夫がされています。

1 陳述を得る。生活史の事実の重要な出来事と受け止め方、周囲の人に対する姿勢。診察者は必要とする情報についての目算、患者の語る流れの中で、それに聴き入る姿勢と舵を持つ。質問をする際は、分かりやすく、慎重に。
 

2 感情状態、振る舞い、行動を量る、その為には、共感的な関わり合い、表情、声のトーン、意見や態度の中に暗に示されていること(人柄、診察者を含めて他者に対しての態度などの所見)に敏感であることが必要。特定の焦点が明確な話題の時にも必要です。また、診察者は自分自身の反応を手掛かりとして有用な情報を得ることができます。このかかわりの総体を眺めることが、人柄と精神状態を知るのに最も重要な情報源となります。このかかわりの総体を観察し、記述します。これが熟達度の目安となります。
 

3 特に初回面接は、サポートという重要な役割があり、知り合い、これから一緒に協力して進めていく基礎が形成されます。不安、不信、敵意を持つ方の場合、初回面接で事実の細部を問うのはひかえめに、辛抱強く共感的に耳を傾けることが特に大切です。押したり急ぐのは禁物です。こうしたケースでは、診察者の質問が自分には関係ないと思ったり、うるさいと感じたりすることが少なくありません。急ぐと全体像の把握が難しくなり、また、今後の関係の基礎を台無しにすることになります。必要な要素は何かを常に心に留めて、その上でニーズに沿って面接を進めます。

2011年2月27日日曜日

「見立て」

Blogの中で時折、「見立て」という言葉を書いていますが、この「見立て」に関しての捉え方、質問や連想されたことをメールで送ってくれた方々がいました。お便りありがとうございます。


「見立て」というのは、特定の基準(例えばDSMICD)の基づいて測定された分類のような類ではなく、また、「主訴」とも違うものです。


これらも含めた診断と予後の予測と終結時の状態像、サポートの具体的な方法の選択についての専門的な意見のすべてのことを意味しています。したがって、専門家がクライアントに関して行っている判断作業、総体的意見ということになります。


特に精神や心理の臨床では、何かの枠に当てはめて弁別することだけではなく、そこには推理や予測、探索が必要です。これらの作業は練習や経験の積み重ねと関連する幅の広い知識の吸収の繰り返し以外には、良い方法はないように思います。


自身の資質と歴史の中で心身に染み込んだ知恵を総動員して「見立て」は立てられます。そして、自分なりの面接の方法を構成していくこととなります。そして、そうした「見立て」が効果を上げるものと実感しています。「見立て」は極めて重要です。そして、やはり、身に着けていくには、繰り返し、反復練習して体得する以外にはなかなかに難しいものと思います。


そのわけは、以前に書きました、実は、精神、心理の現場での関係性は、非言語コミュニケーションが主となり言語コミュニケーションは従となっているからです。今年も12回、23回、「見立て」に関連する講座、研修或いは検討会を行おうと思います。


つまりは、サポートや治療は「見立て」しだいで大きく左右されると言えますし、「見立て」のないサポートは成立しえないと私は思っています。先ほど、「見立て」と「主訴」は違うものと書きましたが、それは、お相手が問題とする事柄を聴き、それを新たに把握・理解しなおして、「見立て」を立てる必要があるという意味になります。このあたりも講座や研修会などで実例を挙げて検討してみたいと考えています。


前回のblogで「わかる」ということについて書きましたが、分かるだけでは不十分で、分からないところが観えてくる、把握され推理・推測を伴う判断につながっていくことが重要だと考えています。その人の行動や捉え方の背景、経緯やストーリーを捉えてみることが重要ということになります。


初回で把握が難しいことも少なくありません。数回の面接を要することもありますが、こうした「読み」がないと「見立て」を立てることはできない。そして、自分が担当できるケースなのか否かについても吟味することができます。また、出来ない場合は、どのようにリファーしていくか、ある療法を適応しないことを選択する場合、或いは、場合によっては、現時点での心理療法の適応を断念することを選択するケースもあります。

2011年2月22日火曜日

「傾聴と共感」の危険性 2 「わかる」



昨日の続きです。


病態域の水準によりセラピーの方向は異なるものとなります。神経症治療を目指していたフロイトのセラピー、比較的健康な方を対象とするロジャースのカウンセリングなどは、内省によるアン・カバーリング(カバーを外すこと)を目指していますが、統合失調症など精神病域、或いは、深いパーソナリティー障害(傾向)の方とのセラピーでは、カバーリング(カバーすることができるようにする)が不可欠となります。


つまり、対応方向は真逆なものになります。精神病域の水準の方にアン・カバーリングや内省的な方法を進めた場合は、役に立たないばかりでなく、クライアントの妄想が始まる、或いは妄想、幻聴が強化されることも少なくありません。


また、パーソナリティー障害傾向のある方の状態が増悪(何とかご自身を支えていた力が破けて、依存せざるをえない状態や強烈な怒りの爆発など)することも少なからず見受けられます。


こうした危険は、病態域の水準により、「傾聴」や「共感」にもあてはまります。とにかく聴く、そして、共感するというのは万能ではないということです。


やはり、そこには「見立て」が必要となります。「見立て」なく開始される(やみくもな)ものは危険な行為となりかねません。やはり、あらゆる方法、療法やさまざまな流派が主張するところのある種の万能感や教条的な受け取り方から抜けて、目の前のクライアントに目を向け、その方の状態、病態域の水準を見立てること、学ぶことが必要です。


以前、ロジャースの「パーソナリティー変化の必要にして十分な条件」という資料をただ挙げたことがあります。http://csct-peau.blogspot.com/2011/01/44.htmlk かつて心理学者の大きな支持を得て日本にも導入され、そして、今でも多くのカウンセラーに影響を与えているロジャースの「非支持的」「クライアント中心」という考えは、もちろんメリットもありますが、やはり、デメリットもあるということを考慮しておく必要があります。そして、どの領域(対象)に対応してのセットなのかということを念頭おいて捉えるかということも大切です。何事も何かがすべてではなく、また、そこに留まることなく更なる工夫を重ねていきたいと思います。


昨年亡くなられました土居健郎氏は「わかる」ということが、病態域の水準によっては異なって理解(誤解)されると述べられています。なるほどと思います。


「わかられている(統合失調症圏)」 「わかりっこない(躁鬱病圏)」 「わかってほしい(神経症圏)」 「わかられたくない(精神病質圏)」など、このように 「わかる」ということ自体が異なっている場合があります。


カウンセラーは、ロジャースの言葉を借りれば、自身が中立的であればクライエントを理解できると教えられ、そして、理解できると思いがちですが、それはクライエントがカウンセラー自身と同様な物の捉え方や内界の理解をしていることを前提としての事です。クライアントの物事の捉え方や内界での理解の違いを知らないままでは、クライエントの視点でクライアントの捉えている事象や内面を観ることは難しく、危なっかしい思い込みに過ぎない営みが起きているということにもなりかねない場合があります。


たとえば、「わかられている」という恐怖をわかり、「私にはわからないな、・・・・・ 不思議だね。」と「理解」を伝えることが対応となる場合もあります。「見立て」というとある種の偏見やレッテル張りと感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、クライアントの視点からその世界を共に捉えようとする、取り組み方の一つの工夫と考えていただけると、そこにサポートを目的としてのメリットが生まれると思います。

「傾聴と共感」の危険性 1

カウンセラーは、「共感」をしたがる人が多い。それは、なぜだろう?


「傾聴と共感」は、カウンセリングの基本と思われている節があります。或いは、ある種万能のように捉えられていると思える節があるとも思えるほどですが、まず第一にカウンセリングや心理療法には様々なものがありますが、一つとして万能なものはありません。


そして、なぜか、「傾聴」や「共感」をしきりにしたがるカウンセラーが多い。そのわけを考えてみると、その一つには、そのように教えている、教えられてきているということが挙げられます。そして、教えられたとおり、学んできたことがすべてと思われているかのように、盲目的に教条的になっている方も見受けられます。


しかし、クライアントの状態を考慮しない方法は、その病態域によっては危険な状態の悪化を招くことが少なくありません。つまり、病態域についての知識と経験の不足は、クライエントを危険な状態へ向かわせてしまうことがあります。これは、「傾聴」すること、「共感」することでも生じます。


深いパーソナリィー障害(傾向)の方や精神病域の方とのケースでは、「傾聴」や「共感」が状態、病理の悪化をまねくことが少なくありません。心理療法やカウンセリング、コーチングやコンサルティングなどには、状態像、病態域についての勉強と知識、経験から、見立てができることが不可欠です。


次回は、前回書きましたロジャースに関してなど、特にその対象領域についてを書きます。

2010年12月28日火曜日

こころからだ

昨日の続きです。「こころの・・・・」というのは、<からだ>と、わけてとらえようとしているのだと思いますが、実際には<こころ>か<からだ>かというより、<こころ>と<からだ>の両方、<こころ>と<からだ>の関係する心身のテーマだと思います。


現場でお会いする方は、<こころ>の疲労を主に訴える方、<からだ>の疲労を主に訴える方、「どちらかわからない。」と教えてくれる方がいます。また、気疲れ(人間関係の疲れ)は、殆どの方が訴えるものです。この気疲れが、もっとも辛く長引くものです。こうした長引く疲れ<こころ>が<からだ>に影響を与えることは自明です。


精神医療では、昔から病気の原因を3つに分けていて、現在も続いていますが、その1つは、<外因>(身体病による精神症状の意味、古典的には外因性精神病、外因反応型。脳腫瘍、脳炎、てんかん、症状精神病、感染症、膠原病、内分泌代謝疾患など)、2つが、<内因>(外的要因との関連がわからない。遺伝? こころの中?「原因不明」の意味、古典的には、内因性精神病:統合失調症と躁うつ病)、3つが、<心因>(事件、出来事、状況から受ける心のトラブルが原因という意味、古典的には、心因反応:急性と神経症:慢性)こうした3つに分類します。そして、このように3分するのは、臨床上、先ずは、「外因性」が無いことを確認して、「内因性」か否かを検討し、「心因性」を考えるという順序が安全だからです。


脳腫瘍や脳炎の見落とし(例えば、ヒステリーと脳腫瘍、神経症と脳炎の誤診断、脳炎の場合は身体症状消失後にうつ状態が生じます。)は命にかかわることなので、救命が最優先されます。実際には、<心因><内因><外因>の順で診断がされ、初めの診断<こころ>は誤りで、最後の診断<からだ>で助かることもあります。


一方、「原因」と「結果」の関係は、因果関係がわからないものやクライアントが「原因」と思っていたことが回復後には、因果関係がなかったと捉えることも少なくないので、単純ではなく、神経症水準の方の場合は、治ってからでないと「原因」はわからないと思って差し支えないと思います。そして、終結の際には<こころ>の「原因」について振り返ってみることは大切なことです。人は意識的に生きていることが多く、辛い苦しい時には特に意識的になります。「どうしてだろう?」「なぜだ?」と因果関係を知りたくなります。そして、「原因」と「結果」の関係を知ると気持ちが落ち着きます。また、その「原因」と思われる環境や状況を調整することで、再発の予防、或いは以前よりも健康な生活を手に入れることが可能となります。多分、以前の状態、状況や環境には不調となる要素がありますので、回復・治るだけでなく、以前よりも良い状態になっていただくことが大切です。


不調にも様々な要因・原因がありますが、回復にも要因・原因を整えることが大切です。何か一つの原因が回復を阻害している場合もあります。<こころ>は謎が多いものです。辻褄を合わせたり、わかるつもりになることもできるようですが、よくわからないことが多いものです。<からだ>は過程の「原因」はわかることが多いものです。見立て、所見は、<こころ>と<からだ>の両面と関連をみることが必須です。睡眠状態(非特異症状)の他にも、「お身体の具合はいかがですか?」、体調を聴くことが大切です。特にPTS,PTSD,C-PTSDでは、生理的反応の発生が多く、<こころ><からだ>両面のケア、マネジメントが必須です。次回は、具体的な見立て、所見の順序と重要度について書きます。

2010年12月27日月曜日

心の健康情報のページ

近年、各自治体の精神保健福祉センターによる自殺対策など、職員向け対応マニュアルの公開が多くなっています。例えば、http://www.pref.fukushima.jp/seisinsenta/mhealth/ この中の「自殺対策のための相談マニュアル」、「こころの健康初期評価マニュアル」などです。先日も埼玉精神保健福祉センター作成の「心の健康初期評価シート」がTVで紹介されていました。検索してみてください。
そして、「こころの」「心の」がどうも引っかかるのです。明日の夜、この引っ掛かりに関してのことと、救命に関連する「所見」「見立て」を書きます。